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「社名は絶対変えてはいけない」コインチェックM&Aの成否を分けた“守るものと捨てるもの”の選別

M&Aクラウドがお届けする連載記事「UPDATE ENTREPRENEUR」。今回登場するのは、コインチェック執行役員・大塚雄介氏です。 

大塚氏は2012年8月、レジュプレス(現コインチェック)を和田晃一良氏と共同で創業。同社が運営したストーリー投稿サイト『STORYS.JP』では、投稿されたストーリーの一つである『学年でビリだったギャルが、1年で偏差値を40あげて日本でトップの私立大学、慶應大学に現役で合格した話』(以下・ビリギャル)が書籍化・映画化され、大ヒットしました。

その後、新規事業として2014年8月に暗号資産(仮想通貨)交換所『Coincheck』を開始。破竹の勢いで成長し、日本最大規模の交換所になりますが、2018年1月、暗号資産「NEM」の流出事件が発生。事態の収拾を図る中で、同社はマネックスグループの子会社となりました。

このM&Aは非常に短期間で行われましたが、同グループへのジョイン後、コインチェックを含むクリプトアセット事業は順調に成長。一時はマネックスグループの営業収益の約3割を占めるまでになりました。

紆余曲折を経た“起死回生のM&A”はどのようにして生まれたのでしょうか。その舞台裏を、大塚氏に聞きました。

(M&A以降を語るインタビューはこちら

選択と集中のため、事業譲渡を決意。「暗号資産へのこだわりはなかった」

コインチェック執行役員・大塚雄介氏

――暗号資産事業で成長したコインチェックですが、祖業はストーリー投稿サイト『STORYS.JP』でした。

創業した2012年当時は、『Facebook』『LinkedIn』などが広まりつつあった時期。いずれは個人が実名でストーリーを発信するようになるのではと考え、立ち上げました。

幸い「ビリギャル」などのコンテンツにも恵まれ、事業は順調に伸びていったんですが、伸び方はいわゆる「線形成長」。想定していたスピード感とギャップがあったため、事業が軌道に乗った段階で、私と和田は新たな事業の開発に着手することを決断しました。その際、和田が持ってきた案が暗号資産事業でした。

――暗号資産に何か特別な思い入れがあったんでしょうか?

いえ、ありませんでした。私も和田も、「テクノロジーによって、よりよい世界を作りたい」と思っているタイプのため、暗号資産に対する盲目的な信仰心はなく、よりよい世界を作るための「手段」だと捉えていました。

ですから、暗号資産も、最初は一から学び始めました。プロダクトをリリースする過程で、市場の競争環境・日本国内の法規制・自社の強みなどを仮説検証していきました。3か月ほど和田が一人で『Coincheck』事業を24時間・365日体制で回していたのですが、1か月間の取扱高が1億円を超えてきたので、本格的に2人のリソースをすべて投資することにしました。

――たった3か月で1億円規模になったのですか。その時点で、積極的に売買している人がそんなにたくさんいたのですね。

当時はちょうど、世界最大級の交換所だったマウントゴックスで、ビットコイン消失事件が起こった直後であり、世間の人の大半は、「暗号資産=詐欺」という見方をしていました。しかし、暗号資産交換業には技術的な基盤があり、暗号資産のユーザー数が急激に増加しているという真実を、私と和田だけが知っていました。私は「ピーター・ティール氏の言う『賛成する人がほとんどいない、大切な真実』とはなんだろうか」と以前から考えていましたが、その問いの回答がそこにありました。

ニーズが高まっており、技術的な革新性も担保されているにもかかわらず、大企業はレピュテーションリスクを恐れて参入できない。これはまさにブルーオーシャン市場であり、大きなチャンスだと思いました。もちろん、先行している暗号資産交換業者もありましたが、彼らが提供していたのはいわば「金融色」の強いサービス。『STORYS.JP』で培った強みであるUXの良いプロダクトを生かせば、十分勝機はあると思いました。

――「金融色」を薄め、一般ユーザーにわかりやすいプロダクトを作ることができれば、後発でも勝てるだろうと。

その通りです。私個人としても、暗号資産の金融的な側面には興味はありませんでした。暗号資産の思想に共鳴し、価値を信じている企業は、それを保有することでポジションを取ろうとする傾向にあります。しかし、私たちは暗号資産を“投資対象”という側面だけではなく、“価値を移動させる共通プロトコル(規格)・技術”だと捉えていました。暗号資産交換業を営みつつも、暗号資産の保有には積極的でないという点では、(同業者の中では)珍しかったかもしれません。

発想としては、「ゴールドラッシュ時代に、もっともビジネスで成功した人は誰か?」という問いと同じです。その時代にもっともビジネスとして成功したのは、金そのものを求めた人たちではなく、つるはしやスコップを売ったサミュエル・ブラナン、ジーンズを売ったリーバイ・ストラウス、金や現金を保管・送金したヘンリー・ウェルズとウィリアム・ファーゴなど、金を求める人たちに必要なツールを発明し、商売をした人たちでした。

私たちも、金(暗号資産)を求めるのではなく、それを求める人たちに必要なツール(暗号資産交換所)を提供することに徹しました。それがテクノロジーにルーツを持つ和田と私の強みを活かせるとも思っていました。

――2017年3月には社名を「レジュプレス」から「コインチェック」に変更し、同時に『STORYS.JP』事業を譲渡しています。

『Coincheck』のユーザーが想定以上に急増し、暗号資産にリソースを集中することを決意しました。そのとき、『STORYS.JP』を託したのは、一緒に事業をやっていたメンバーでした。事業譲渡では、「執念を持って事業に取り組んでくれる人」に事業を渡すことが、その後も事業が成長し、もっとも大切だと思います。いくら高い値段を付けてくれた買い手でも、買収後にコミットしてくれないのであれば、互いに損をすることになります。

事業存続を最優先にM&Aを決意…平社員になったとしても「絶対に譲れなかったこと」

――事業のピボットに成功し、2017年には預かり資産が約4兆円までに増加しました。しかし、翌年1月、『Coincheck』から日本円で約500億円のNEMが不正流出することになります。大塚さんは、事件を知ったときにまずどう思ったのですか。

流出総額を算出した瞬間は「債務超過で倒産はまぬがれないかもしれない」と思いました。しかし、ユーザーのことを考えると、ショックを受けている暇はありません。補償や対応、被害の拡大防止に取り掛かりました。

そのあと、正確な被害額の把握や顧客への対応、金融庁や警察、株主への報告、会見の準備など、やらなければならないことが次から次へと出てきました。FBIやアメリカ合衆国シークレットサービス、インターポール(国際刑事警察機構)にも連絡しました。

――その後、M&Aを検討されたのはなぜですか。

お客様のためにもなんとかして事業を存続させたい。そう考えた末、社会的責任への意識を表すことが不可欠だという結論にたどり着きました。

自社だけでの再建も模索していましたが、経営陣が責任を取り、リスクマネジメントをはじめとしたガバナンス体制の構築に長けた企業の力を借りる必要があると考え、M&Aを決意したのです。

――M&Aをするにあたって、意識していたこととは。

大前提として、コインチェックを継続的に成長させることを最優先に考えていました。

そこで、コインチェックを継続的に成長させるために重視すべき要素と、それ以外の捨てるものの選別を行いました。M&Aですから、すべてをそのまま維持するわけにはいかないのはわかっていました。でも、コインチェックが成長していくために必要な要素は、譲ることはできませんでした。

コインチェックが継続的に成長するためには、独立したイノベーティブなカルチャーが必要です。独立したイノベーティブなカルチャーは、社名やオフィスや給与制度の独立性、情報の透明性の維持などです。社員たちが、「自分たちのもの」として必死で守り続けてきたものは、親会社に統合することなくそのまま独立して維持することが必要だと考えていました。コインチェックが自分たちでカルチャーを決められることが、事業成長には不可欠だと思いました。

逆に、買収額(バリュエーション)は一定規模で譲歩せざるを得ないと考えました。国内外のさまざまな証券会社や国外の暗号資産交換事業者から高い買収額を提示していただいたのですが、買収額よりも、コインチェックが継続的に成長することを優先しました。

また、私たち経営層の肩書きにもこだわりはありませんでした。私と和田が続投することは、社会の風潮としても認められなかったと思いますが、私たち自身は「(売却後に)平社員になっても構わない」と考えながら、会社に残る意思決定をしていました。

M&A決定はたったの2週間 決め手は“2時間で取締役会の合意を取る”意思決定のスピード

――複数の買い手からオファーがあったということですが、マネックスグループを選んだ理由は何だったのでしょうか。

事件直後に、(同社取締役会議長兼代表執行役の)松本大さんから私に直接連絡がありました。はじめは、自社単独での再建をめざしていたので失礼のないようにお断りいたしました。その後、経営陣が責任を取り、リスクマネジメントをはじめとしたガバナンス体制の構築に長けた企業の力を借りる必要があると考えにいたった際、複数ご連絡させていただいた1社としてご連絡させていただきました。

じつは事件の数年前、資金調達を行う際に、松本さんに一度お会いしていました。そのときは出資にはつながらなかったのですが、どんな人柄なのかはお互い知ることができました。だからこそ、連絡を受けたとき、選択肢の1つとして可能性を感じました。

M&Aは結婚と同じです。「はじめましてこんにちは」ではうまくいかないのではないか?と個人的には考えています。金額の交渉に入る前に、双方のトップ同士の信頼関係を築き、互いに譲れるものと守りたいものを理解し合うことが必要だと思います。松本さんとは、そのすり合わせがすでにできていました。

――マネックスグループは、コインチェックとして守りたいものを受け止めてくれたと。

はい。当社の社員は「コインチェック」に誇りを持って働いています。ですから、仮にM&Aでマネックスの名称を冠につけた「マネックス○○○」という名称に変わった瞬間に全員辞めてしまうだろうということを理解してくれました。M&A後に、コインチェックを継続的に成長させるという目的は両社同じです。そのためには、創業者のみならず、コインチェックを実質的に動かしているキーマンである社員が、モチベーション高く働ける環境を整えることは必須だと理解していただけました。

親会社と子会社の関係性でも、相互にリスペクトしてほしいという思いが私にはあります。親会社には長きにわたり築き上げてきた仕組み化されたオペレーション・ガバナンスの知見・信用があります。一方、子会社には、イノベーティブな事業をゼロから生み出してきたカルチャーがあります。この二つに優劣はなく、どちらもリスペクトされるものだと思います。

松本さんは言葉の選び方一つとっても、細やかな配慮をしてくれました。たとえば、「買収」「子会社化」の代わりに「グループ化」という表現を使ったり、私や和田を「大塚くん」「和田さん」と呼んだり。ほんのささいな言葉の端々で、リスペクトをしてくれています。一見ささいなことですが、私は、こういうささいなことが事業を成長させる上で非常に重要なことだと考えています。

――他方、事件のあった御社を買収することは、マネックス側にとってはリスクを負うことにつながります。マネックスはそれをどのように捉えていたのでしょうか。

これは常々思っていることなのですが、偉大な起業家というのは、経営の意思決定をする時「期待値」で意思決定しています。リスクとリターンを計算し、発生確率を掛け合わせて「期待値」を計算します。

たとえば、共同創業者の和田は、バックグラウンドとして数学がありますので、いつもデータに立ち戻り標準偏差を計算して、数学的な期待値を計算して経営の意思決定をしていました。

松本さんは元ゴールドマンサックスの”トレーダー”なので、トレーダーの視点で期待値計算をされていたと思います。コインチェックをグループ入りさせるリスクとリターン、ならびに、それぞれの発生確率を掛け合わせて期待値を計算されていたのだと思います。その結果、ダウンサイドリスクよりアップサイドリターンのほうが期待値が高いと読んで意思決定していたと思います。そして、この計算と見積もりが圧倒的に早い。畏敬の念を感じました。

また、当時のマネックスグループの社外取締役には、元ソニー代表取締役社長の出井(伸之)さんや、元ゴールドマン・サックス証券でパートナーを務められた槇原(純)さんなど、期待値を見積もり、適切な意思決定ができる方々が揃っていました。

――そうして同年4月に、マネックスグループはコインチェックのM&Aを発表しました。ジョインの決め手とは?

意思決定のスピードです。変化が速い暗号資産業界において、意思決定に時間を取られるのは命取りになるはずです。交渉からわずか2週間で、M&A決定にいたりました。松本さんと清明祐子さん(現マネックスグループ取締役兼代表執行役社長CEO)は、他の予定をすべてキャンセルして、コインチェックの会合にフルコミットしてくれました。他社との面談では専務クラスが出てくることが多かったのですが、マネックスグループの場合は最終決定権者が常に出席していたため、意思決定が早かったことは非常に重要な決め手になりました。

松本さんは、「半日以内に取締役会の合意を取ってほしい」という、当社側の無理難題にも動じることはありませんでした。海外にいる取締役も含めて、たったの2時間で全員の合意を取り付けてくれたときには、心の底から感服いたしました。上場会社でここまでのスピード感を持っている会社は他にないはず。勝負どころをつかむスキルや取締役会のマネジメントなど、経営力を目の当たりにして、「ここなら大丈夫だ」と確信しました。

その後の実務は、清明さんと私で担当しました。弁護士や既存株主との交渉も含め、24時間体制で待機する日々。グループ入りする記者発表会を実施する当日の深夜2時、全ての契約書に捺印をして、清明さんに契約書を手渡した瞬間は、連日の徹夜作業も重なり、とりあえずの危機は去った安堵感と、コインチェックの第2章が始まる覚悟の気持ちが入り混じっていました。


大塚雄介氏の歩み

文:山田奈緒美
写真:強田美央

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