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目標は「NASDAQ」へ コインチェックがM&Aで辿りつけた“自分たちだけでは見えない景色”

暗号資産「NEM」の流出事件後、マネックスグループがM&Aした国内最大手の暗号資産交換業者・コインチェック。マネックスグループへのジョイン後は順調に業績を回復し、営業収益をけん引するほどに成長しました。また、現在はNASDAQへのDe-SPAC上場を目指すという新たな目標を掲げています

M&Aの後も独立性を保ちながら、事業を成長させるためのポイントとは何だったのでしょうか。M&Aクラウドがお届けする連載記事「UPDATE ENTREPRENEUR」では、コインチェック創業者であり、執行役員の大塚雄介氏に、良いM&Aを行うための心構えと、M&A後に見えてきた世界について聞きました。

(M&Aに至るまでのインタビューはこちら

「事業と人はセット」

コインチェック執行役員・大塚雄介氏

――マネックスグループにジョインしたあと、コインチェックの業績は大きく伸びました。どのような施策が功を奏したのでしょうか。

大企業の視点から考えた際、スタートアップM&Aの最大の目的は「大企業から生まれにくいイノベーティブな新規事業の取得」です。

イノベーティブな新規事業はイノベーティブなカルチャーから生まれます。また、イノベーティブなカルチャーは創業者から生まれます。そのため、大企業がスタートアップのM&Aを成功させるためには、「イノベーティブなカルチャーの維持」「創業者ならびに創業者に次ぐキーマンが高いモチベーションを維持する仕掛け」が必要です。

当社の最大の成功要因は、優秀な「人」が多く関わってくれたことでしょう。マネックスグループの一員としてコインチェックの立て直しを図る中で、「事業と人はセット」という考えをさらに強くしました。

マネックスグループにジョインした直後は、暗号資産交換事業者登録※1が最大のマイルストーンでした。この時期、マネックス証券のあらゆるキーマンが、コインチェックに出向してくださいました

当社はいわゆるITスタートアップでしたので、当時は内部統制やコンプライアンス人材が不足している状況でした。ジョイン後は、20年以上金融業界で戦ってきたプロフェッショナルの方々が、ガバナンス態勢の強化やシステムのセキュリティなど、金融機関としての「守り」の部分を固めてくれて、暗号資産交換業者の登録もできました。彼らのおかげで、今のコインチェックがあります。

※1:2017年4月1日より、国内で暗号資産と法定通貨との交換サービスを行うには、暗号資産交換業の登録が必要になった。

――M&A後、御社にもともといた社員の方々は、一緒についてきてくれたのですか。

NEM不正送金の直後、当時の社員は誰一人辞めることなく、サービス復旧を日夜行ってくれました。たとえば、NEM不正送金2日後の2018年2月1日に入社してきたメンバーは、今では役員や部長など、会社の要職に就いています

彼らには入社前に、会社の状況をありのまま話しました。「キャッシュはあるので、会社として生き残ることができるのは間違いないです。そして、私たちは暗号資産交換業者として登録して、事業を継続する意志はあります。ただ、暗号資産交換業者として登録できるかは不透明です。このようなリスクがありますが、このリスクを許容するかどうかは、各自が判断してほしい」と。

入社前の人に、ここまで内情を打ち明けるのはリスクという意見も社内にありました。しかし、私としては、彼らの人生がかかっている以上、不義理なことはできません。この状況では、社員にリスクを取らせるのではなく、会社がリスクを取るべきだと思いました。結果、12名に内定を出していたのですが、うち10名が入社してくれました。

リスクを取って入社してくれたメンバーには感謝しかありません。華やかな新規事業の立ち上げやプロモーションを夢見て転職したはずなのに、実際目の前にある仕事は、金融庁への報告資料作成や規程の策定といった渋い仕事ばかり。想像していたキャリアとは相当の落差があったと思いますが、覚悟を決めて粛々と遂行してくれました。

サービス復旧中にこんなことがありました。不正流出が起こったからには、会社のPCやネットワークをすべて買い替える必要がありました。しかし、キャッシュはあっても会社の信用がないため、法人購入ができませんでした。そうしたら、当時20代だった入社3年目の女性社員が、私からの判断を待たずに、自ら代金を個人で立て替えてPCなどを購入してくれました。

これは象徴的な一例ですが、非常に厳しい状況下でも、多くの社員が、自分ができることを、自分で考えて動いてくれました。私は、社員のこのような行動を見て、「コインチェックは絶対に復活できる」という確信を深めました。今のコインチェックがあるのは、このような社員のおかげです。

――元レクターの代表取締役で現執行役員CTOの松岡剛志さんと初めて出会ったのも、ちょうどその頃だったとか。

まさに事件の数日後でした。外部のエンジニアとして、2週間ほど昼夜を問わずインシデントハンドリングに携わっていただきました。 松岡さんがインシデントハンドリングや適切な人材のアサイン等をしてくださった結果、エンジニアチームに安定がもたらされました。あの状況下で、リスクを引き受けて支援していただけたことに、私としては感謝しかありません。

それから数年後、ある日突然、松岡さんから連絡が来て、「レクターの代表を降りて、再び事業で挑戦する場を探している。挑戦する場の一つの候補としてweb3の市場を検討しているのだが、現状のweb3市場はどのような状況なのか教えてもらえないか?」という趣旨の質問をされました。

私は「web3市場は非常に有望ですが、今はまだ黎明期でありアーリー・シード企業がほとんどです。web3市場でマネタイズが確立されているのは暗号資産交換事業者くらいしかありません。松岡さんには、暗号資産交換事業者、特にコインチェックがオススメじゃないでしょうか?」と本心をお伝えしたところ、その後、いろいろ考えてくれて、本当に入社してくださいました。 私としては心強い限りです。

組織拡大に重要なのは「役割分担」

――コインチェックは、2022年3月に「NASDAQへのDe-SPAC※2上場計画」を発表しました(その後最大1年の延期を発表)。そもそもコインチェック単体で事業を運営していたころから、NASDAQ市場への上場を検討されていたのでしょうか?

※2:De-SPACとは、株式新規公開(IPO)された特定買収目的会社(SPAC、Special Purpose Acquisition Company)が買収対象会社と合併し、一連の買収取引を完了すること。

いえ、NASDAQ上場は、マネックスグループにジョインしてから見えてきた目標です。マネックスグループは、グローバル金融市場に対する知見が深く、コインチェック単体では行えない挑戦をする機会を作ってくれました。

M&Aにおいては、「自分たちだけでは見えない景色・目標」を掲げられるかが重要です。なぜなら、創業者やキーマン、ならびにその後入社してくる役員クラスの人材に、彼らが単独の起業・他社では到達できない目標を提示できないと、優秀な人材を惹きつけることができないためです。コインチェックはまさにその新たな景色に辿り着きつつあるのだと思います。

副社長執行役員の井坂(友之)さんも、そこに魅力を感じて入ってきてくれたのではないでしょうか。私も含めて自社をNASDAQに上場させて、さらなる成長を目指すというのは、めったにできない経験です。こういう野心的な挑戦の機会を会社として作り出していくことは、優秀な人材に仲間になっていただくためには、非常に重要だと考えています。

――井坂さんはグリー元上級執行役員でした。新規プロダクトの開発とスケールで数多くの実績を持っている方ですが、もともとどのようなご縁があったのでしょうか。

コインチェックの社員に井坂さんの知人がおりまして、さまざまなご縁があって入社していただけました。井坂さんは、ゲームやエンターテインメントが専門ですが、クリプトについても知見があります。一度会って話してみた結果、互いに補完関係にあることがわかりました。

コインチェックは、産業サイクルとしても、組織規模としても、両利きの経営が求められるフェーズに突入してきました。私はどちらかというと、先陣を切って道を切り拓いて“探索”が得意なリーダータイプです。一方、井坂さんは各ステークホルダーと認識を合わせて大きな組織をマネジメントし、既存事業の深化もできるプロデューサータイプの経営者です。

今は、両利きの経営でいうところの探索の役割は私が担い、深化の役割を井坂さんに担っていただいています。市場や組織の状況に応じて、お互いの役割の比率が変わることがあるかもしれませんが、今は、このような役割分担が最適だと考えています。井坂さんが加わってくれれば、会社としてさらに成長できるという確信がありました。

――役割分担をすることで、さらに組織を強化できると。

「リーダー(探索)とマネージャー(深化)は、分担したほうが良い」というのが、私の考えです。特に、社員数が100名を超えると、一人の人間が両方の役割を担うことは難易度が高くなります。探索するために全速力で市場を向いて走っているときに、組織内部に振り向いて組織マネジメントをしている余裕はないし、逆に組織マネジメントを気遣っていると、走るスピードは落ちます。事実、創業者兼CEOがリーダー(探索)とマネージャー(深化)の両方の役割を担い、リーダーの役割に寄ると、新規事業は伸びるものの組織が不安定になっていたり、一方でマネージャー色を全面に出すと、既存事業は安定するものの新規事業が伸び悩むケースが多いように思います。

だからこそ、経営者は自分がリーダータイプなのか、マネージャータイプなのかをまず見極めることが大切。そして、組織が一定の規模になった段階で、思考性や価値観は共感できるが自分とは異なるタイプのパートナーを見つけるべきです。私にとってはそれが井坂さんでした。

組織がさらに拡大すれば、組織内にパートナーが多数必要になります。経営としては、いわば、将軍級の人材をたくさん集めなければならないわけです。将軍級の人材はとても優秀で、かつ個性が強い人材が多いです。彼らと協業していくためには、創業者・経営者は器を大きくしなければなりません。一人ひとりの言葉を受け入れながらも、細かいことに動じない。その度量を身につけるべく、私も日々、鍛錬を積んでいます。


大塚雄介氏の歩み

コインチェックをM&Aの成功事例にしてスタートアップエコシステムに貢献する

――M&Aを検討している企業に、アドバイスをお願いします。

「はじめまして、こんにちは」の状態の相手とM&Aに臨むのは難易度が高いのではないか?と考えています。私個人の分析ですが、M&Aで成功している企業の多くは、M&Aの前に、何かしらの形で業務提携や協業をしているケースが多いのではないでしょうか。その段階で、互いの事業上の強みやメンバーの人柄を理解し、妥協できるものと譲れないもののすり合わせを行っているからこそ、一緒になったときにもうまく事業を伸ばせているのだと思います。

一方、互いに「はじめまして」の状態でM&Aに臨む場合、どうしても最初からバリュエーションの話になってしまう。事業をどう伸ばせそうかというイメージを持てないまま、交渉が進むことになります。

もちろん、接点がない企業同士であっても、一方が他方を自社ブランドに組み込む方式で成功することもあります。M&Aの形に正解はないので、経営者はどちらの方が自社に合っているかを考えるべきでしょう。

――経営者にとってM&Aは、自らの去就も含めて大きな転換点になると思います。大塚さんにとって、M&Aはどのような経験でしたか。

私にとっては、M&Aは視座を上げる良い機会だったと思います。コインチェック単体で事業を運営していたときは、会社はいわば私と和田の意志で動く存在でした。今振り返れば、ガバナンスという観点・経営と執行の分離・株主への説明(IR)・事業計画の蓋然性の重要性等への視点は薄く、顧客とプロダクトに集中していました。

たとえば、ガバナンスの観点でいえば、私たちが悪に染まろうと思えば、創業者を止める仕組みは少なかったと思います。しかし、マネックスグループと一緒にガバナンスを強化する中で、コーポレートガバナンスなどを学ばせていただきました。

とはいえ、M&A後に目的を見失う経営者は多いはず。私もM&A直後、「これからどのように生きていこう」と一時的に目的を喪失した時期がありました。でもやはり、事業を離れる決断にはいたりませんでした。

この頃から、幸福とは何なんだろうか?と考える時間が増えていきました。考えた結果、たどり着いたのは、私にとっての幸福は、自分と同じビジョンを見て、本気でそれを達成しようと挑戦してくれる仲間がいることでした。その仲間がいることが私にとっては重要だし、そのプロセスが私には幸せなのだという結論に至りました。私にとって、本気で仕事に取り組むことほど楽しいものはないということですね。

また、私を信頼してくれた方々への恩にも報いたいという思いがありました。初期に投資してくれた投資家や、窮地を救ってくれたマネックスグループ、事件で影響を与えてしまった競合の取引所、従業員、そしてご利用を続けてくださっているユーザーなどに対しては、責任を果たさなければならないと考えていました。

――その恩は、返せましたか?

投資家に対しては、M&A時の売却益ならびに、その後のアーンアウトをお返しいたしました。業績を伸ばし、市場も活性化できたことで、マネックスグループや競合の取引所にも、還元できたのではないかと考えています。また、リスクをとって創業期に参加してくれたメンバーにもリターンを返せたのではないか、と思います。しかし、恩を返せたかどうかは相手が決めることですので、実際のところ恩をお返しできたかどうかはわかりません。

今強く思っているのは、コインチェックをM&Aの成功事例にしたいということです。日本には、「M&Aは失敗」というような暗黙の空気感があります。その結果、スタートアップのエコシステムがうまく機能せず、産業全体が停滞しています。だからこそ、「コインチェックみたいになりたい」と思ってもらえるくらい、圧倒的な成長を残し、「M&A後も成長し続けるモデル」を創り出し、次の世代の模範になれたらと思っています。

――最後に、今後のコインチェックの取り組みを教えてください。

Coincheckは、これまでtoC向けに培ってきた暗号資産交換事業の機能やノウハウを、エンタープライズ向けに開放していきます。たとえば、「Coincheck INO」というサービス。INOとは、「Initial NFT Offering」の略称で、「Coincheck INO」は、初めて販売されるNFTコレクションを、当該NFTコレクションの販売元が当社のプラットフォーム「Coincheck NFT」において販売する仕組みです。第1号案件として、ドリコムさんが保有する「Wizardry(ウィザードリィ)」IPを提供し、チューリンガムさんと共同で開発中のブロックチェーンゲーム『Eternal Crypt - Wizardry BC -』で使用できるNFTコレクションを2023年9月に販売しました。

また、「Coincheck IEO」も今後契機をうかがえると思っています。IEOとは、「Initial Coin Offering」の略称で、Coincheckで初めて取り扱う、暗号資産を上場させる仕組みです。2023年7月にコロプラさんの子会社・BrilliantcryptoさんのIEOを発表しており、これは当社にとって3例目のIEOになります。当社は国内でこれまでに実施された4例のIEOのうち2例を行っており、これまでの経験を活かして、事業会社などのweb3プロジェクトへの挑戦を支援していきたいと考えています。

web3領域にチャレンジする事業者を支援していく文脈で、新たなソリューションも出していく計画です。現在広がりを見せているデジタル上の経済圏、いわゆるweb3の世界においては、暗号資産での取引が主流。ただ、web3のコンテンツを制作する会社が、暗号資産も同時に手がけるのは非常に難しい。コインチェックは、そういった会社とタッグを組み、暗号資産にまつわる技術を提供することで、web3の拡大に貢献したいと考えています。

日本は世界的に見てもでレギュレーションの透明性が高く、web3事業をする上で適している国になりつつあります。暗号資産のレギュレーションが不透明な米国や、暗号資産を禁止している中国とは異なり、日本では国家戦略としてweb3が掲げられ、レギュレーションが確立していることが大きな要因です。

その日本のweb3を、コインチェックが暗号資産業界の最大手として支えていきます。第一弾の連携先はコロプラ。オンラインゲーム、特にソーシャルゲームの分野で多様な挑戦をしてきた会社とともに、成功事例を生み出していきたいと考えています。

『web3テクノロジーを全ての企業に』という目標を掲げており、「web3事業をやるなら、Coincheckに相談してみよう」と思っていただけるようなエンタープライズ向けの新たなソリューションを準備していますので、気になる方は、私やCoincheckのSNSをフォローしていただければと思います。

Coincheck公式Xアカウント
大塚雄介氏 Xアカウント 

文:山田奈緒美
写真:強田美央

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