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CEOのためのM&Aケーススタディ。サイバーエージェントのM&Aシフト考察とYogibo逆転買収【CxO注目のM&A Vol.1】

こんにちは。M&Aクラウド CEOの及川です。

「M&Aというだけでとっつきづらい印象を持たれてしまう」――M&Aに関わる仕事をしている人は、多かれ少なかれこんな思いを持っているのではないでしょうか。M&Aマッチングプラットフォーム運営やファイナンシャルアドバイザリーサービスを通じ、企業の成長戦略としてのM&Aや資金調達支援に励んでいる私たちもまた、「M&Aのブラックボックスを解消し、M&AをUPDATEしたい」という思いを抱きつつ、日々活動しています。

そこで、今回からスタートする「CxO注目のM&A」では、直近発表されたM&A事例を取り上げ、その背景や手法、業界トレンドなどについて考察することで、多様化するM&Aのあり方をお伝えしていきたいと思います。執筆にあたっては、各案件のプレスリリースやIR資料、その他のWeb情報などをベースに一部想像も交え、できるだけ分かりやすく書いていくつもりです。そのため正確性には欠けるきらいがありますが、あくまで筆者の見方をシェアするものととらえていただき、起業家の皆さん、事業会社のM&A担当の皆さんにとって何らかのヒントをお届けできれば幸いです。

記事は毎月、最終金曜日の公開を予定しており、前月第3週から当月第2週発表分までの案件を対象にピックします。奇数月は及川、偶数月は当社CFOの村上が交代で筆者を務め、及川は主に売り手・買い手のCEO視点で、村上はCFO視点で考察していきます。

第1回となる今回は、Netflixで話題の「新聞記者」の監督も所属するコンテンツスタジオ、BABEL LABELがサイバーエージェントグループに参画した案件と、逆転型の買収劇で世間の注目を浴びたYogibo本体の日本代理店による買収案件を取り上げます。ご意見・ご感想などぜひお気軽にお寄せいただきたく、お待ちしております!

サイバーエージェント×BABEL LABEL

買い手:株式会社サイバーエージェント(インターネット広告)
売り手:株式会社BABEL LABEL(映像制作)
発表日:2022/1/12
スキーム:株式取得による連結子会社化
取得価格:非公開(日経記事では「10億円未満」)

「ウマ娘」効果で過去最高益のCA。M&Aによる領域拡大チャンス

今回、私が本件に注目した理由の一つは、日本のインターネットトップ企業である「サイバーエージェント(CA)のM&A」という話題性です。サイバーエージェントは創業以来トップを務める藤田代表のもと、非常に強いカルチャーを持っており、また採用力も十分あることから、以前は自前主義、新卒主義の会社でした。しかし、最近はM&Aも積極的に活用するようになり、自前では挑戦しづらいジャンルの獲得を進めています。

サイバーエージェントがM&Aを活発化させている背景としては、まず業績が非常に好調であることが挙げられます。スマホゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」の大ヒットにより、2021年9月期は過去最高益を記録。投資資金が潤沢にある状況です。

そして、同社はゲーム事業だけでなく、祖業であるインターネット広告事業や「ABEMA」を中心とするメディア事業も含め、既存領域ではすでに敵なしといっていいポジションを築いています。そのため、投資先としては、主に新規領域の獲得、あるいは海外進出などにつながる先に狙いを定めているようです。逆に言うと、今後も継続的に事業を成長させていくためには、今は攻めのフェーズにあると判断しているのでしょう。

なお、自前主義から積極的なM&A戦略に転じるプロセスをたどった企業としては、著名なところではリクルートが挙げられます。2007年ころから国内外の人材ビジネス企業を次々と買収するようになり、2012年には約10億ドルといわれる米Indeedの買収で注目を集めました。

一方、サイバーエージェントの最近の投資実績を見ると、プロレスのDDTプロレスリング(2017年9月)およびプロレスリング・ノア(2020年1月)、サッカーのFC町田ゼルビア(2018年)、競技麻雀店の「オクタゴン」(2021年7月)、不動産のリアルゲイト(2021年7月)などをグループに迎えているほか、2021年5月にはエイベックスの筆頭株主にもなっています。成長事業である「ABEMA」の強化につながる分野を中心にしつつ、バラエティに富んだ事業領域を対象としていることが分かります。

サイバーエージェントの近年の投資実績

リクルートやサイバーエージェントの例は、まず既存領域において競合の攻勢を気にしなくてよい圧倒的な地位を獲得すれば、次のフェーズでは思い切ったチャレンジが可能になるという典型例と言えるでしょう。一見、当たり前のことのようですが、この順番を逆にして失敗する例も多々ある中、慎重かつ大胆なプロセスを実践した例として、学ぶべき点は多いと思います。

コンテンツビジネス参入によるCAの狙いとは

今月(2022年1月)、Netflixで米倉涼子主演「新聞記者」の配信が始まり、人気を集めています。映画版に続き、メガホンを取ったのは藤井道人監督。この藤井監督をはじめとする気鋭のクリエイターたちが所属しているのが、2013年に設立されたコンテンツスタジオ、BABEL LABELです。

サイバーエージェントがBABEL LABELを迎え入れた狙いとしては、一つにはやはり「ABEMA」とのシナジーへの期待があるでしょう。現状、ABEMA事業ではコンテンツ制作はほぼ外注している中、グループ内に優秀なクリエイター集団を抱えられることは大きな魅力であるはずです。

ただ、サイバーエージェントとしては、「ABEMA」とのシナジーのみにとどまらず、BABEL LABELの成長可能性に大きな期待をかけている模様。その点は藤田代表も下記のインタビューなどで強調しています。

昨今の感染症拡大の影響でNetflixのユーザーが急増し、良質な映像作品は一気に世界で見られるようになりました。そうした環境下で、韓国のボーイズグループBTSのように、アジア発のエンターテインメントがグローバルな成功を収める例も出てきています。サイバーエージェントは、このようにクオリティ次第では世界で勝負できるコンテンツビジネスに注目していた中で、藤井監督らを擁するBABEL LABELのポテンシャルに着目し、成長をサポートしたいとの思いも強いようです。

BABEL LABELはなぜCAを選んだのか

では、BABEL LABEL側にとっては、サイバーエージェントグループに加わることでどんなメリットが期待できるのでしょうか。

さきほどサイバーエージェント側の狙いを推測する中で、今や一気に世界に発信できるようになったコンテンツビジネスのポテンシャルについて触れました。この点、まさにコンテンツビジネスの中に身を置くBABEL LABELは、日々肌で感じている変化でしょう。最近のドラマ作品でいうと、韓国の「イカゲーム」が日本でも大ヒットしたことは記憶に新しいですね。

BABEL LABELとしても、もちろん世界各国で視聴されるような作品を生み出したい。ただし、そのためにはそれだけの制作費をかける必要がある――先ほどのForbesのインタビューの中で藤井監督は、米国のNetflixドラマは美術や衣装、作品のスケール感などで日本作品に差をつけていると述べ、その差異を埋めるには資金力が足りないことを痛感したと語っています。こうした壁に直面していたBABEL LABELに、サイバーエージェントの資金が投入されれば、作品制作上の自由度が大きく広がるはず。これこそBABEL LABELが今回の決断に至った最大の動機であり、今後期待する効果でしょう。

また、作品の配信面で「ABEMA」との距離が近くなることにも、当然メリットがあります。さらに、経営面でサイバーエージェントに頼れる環境ができ、クリエイター集団がクリエイティブに集中しやすくなることも、BABEL LABELのポテンシャルを開花させるうえで大きなプラスになると考えられます。

これも韓国の例ですが、「愛の不時着」などを手がけたドラマ制作会社、スタジオドラゴンは、作品や制作アイディア、素材の販売、リメイク契約などにも注力することで、ふくらむドラマ制作費を稼ぎ出し、潤沢な資金をバックにヒット作を連発するという好循環を生み出しています。映像コンテンツで世界に打って出るには、経営手腕も一流であることが求められる時代――そう考えると、サイバーエージェントにジョインしたBABEL LABELの選択は、まさに理にかなっていると言えそうです。

一方、クリエイター集団のM&Aにあたっては、「体制が変わることで、クリエイター陣が辞めてしまうのでは?」との不安がつきまといます。これはクリエイター集団に限らず、SIerなど“人が資産”の会社全般に言えることではありますが、アーティスティックな要素の強い職種は特に、自身の感性に従って自由に仕事ができる環境を重視します。

サイバーエージェントはおそらくこの点でも、BABEL LABELにとって比較的安心感のある相手だったと思われます。BABEL LABELは過去に「ABEMA」向け作品の制作を受注した経験があり、一定の関係値があるようですし、サイバーエージェント自体、ゲームの作品づくりを子会社で手がけていて、クリエイティブ系事業の難しさを知っている会社です。

さらに言うと、サイバーエージェントの藤田代表は、かつてはAmebaVisionの事業を直下で見ていた方。かなりの映画好きでもあるようです。BABEL LABELからすれば同じ言語でコミュニケーションしやすく、サイバーエージェント側もまた、うまくコミュニケーションを取っていける自信があるからこそ、今回のM&Aに至ったのでしょう。

このような「コンテンツメイカーのポテンシャルを引き出すためのM&A」は、私は今後増えていくと見ています。人口減少とともに国内の市場はシュリンクし、かつては急速だったインターネット市場の伸びも鈍化してきました。国際競争力を磨かなければ勝ち残れなくなる時代、自社の人材やネットワークだけで勝負しようとすれば、自ずと限界があります。サイバーエージェントのように、成長力ある企業を全面的にサポートすることで、自社の成長余地も拡大していこうとする会社には、今後ますます有望なコンテンツメイカーが集まっていくと予想しています。

ココがポイント!(サイバーエージェント×BABEL LABEL)

①既存領域で競合の攻勢を気にしなくてよい圧倒的な地位を獲得した会社は、M&Aを積極活用した思い切ったチャレンジが可能になる。

②動画配信サービスなどの普及により、コンテンツビジネスはグローバル競争が激化。競争力ある作品づくりには資金力が不可欠。経営のプロとコンテンツのプロがタッグを組まないと生き残れない時代が到来。

③自前主義による成長に限界を感じたら、M&Aを活用しカルチャーごと変化させて非連続な成長をしていく戦略もある。

④クリエイター企業から信頼されるには、トップ自らユーザーになったりクリエイティブを活用した経営実績を見せよう。

ウェブシャーク×Yogibo

買い手:株式会社ウェブシャーク(ビーズソファブランド「Yogibo」の日本総代理店)
売り手:米 Yogibo LLC.(「Yogibo」の製造・企画・販売)
発表日:2022/1/13(2021/12/30に買収完了)
スキーム:株式取得100%
取得価格:非公開(日経記事では「100億円超」)

「代理店が本体を買う」逆転劇はどう起こったか

人気ガールズグループ、NiziUを起用したCMでも話題になったビーズソファ「Yogibo」。実は当社も昨年、オフィスを移転した際に買い、休憩スペースに置きました。ときどきふと見ると、すっぽり埋まり込んでいる社員がいて、「Yogibo」の“人をダメにする”パワーを感じます。

米国生まれの「Yogibo」の日本での販売を担っているウェブシャークは、その名の通り、もともとはインターネットビジネスの会社です。アフィリエイトサービス「電脳卸アフィリエイト」、検索サービス「直球!オフィス検索」ほか、いくつかのWebサービスを運営していました。

ウェブシャークと「Yogibo」の出会いは偶然だったようです。インテリア好きな木村代表が、Web上で見かけた不思議な形のソファに興味を感じ、自宅用に注文。すっかり気に入って、もう一つ注文しようとした際、本体よりも高くつく米国からの送料をなくすべく、日本の代理店を探したものの見つかりませんでした。そこで「自分が輸入すれば、Webサービスの会員向けに売れるのでは」と思い立ち、米国本社にメールでアタック。米国側の社長も興味を持ち、意気投合したことから、2014年に総代理店契約を結びました。

今では売上の99%を「Yogibo」から得ているというウェブシャーク。世界8カ国にある「Yogibo」販売店舗数の7割近い86店舗を日本国内で展開しています。21年7月期の売上は前期比77%増の168億円、純利益は3.2倍の30億円と非常に好調です。

一方、米国の本体の方も、ウェブシャーク木村代表のTwitterによれば、直近の業績は日本向け取引を除いても過去最高益を更新中とのこと。では、なぜ売却を決めたのかが気になるところですが、以下の記事によると、創業者にはもともと上場の意思がなく、売却によるExitを想定していたようです。

同じ記事によると、創業者と仲のよい木村代表は以前から「売却するときは声をかけてほしい」と伝えていたとのことで、実際に21年7月に米国側から打診を受けました。ウェブシャークのプレスリリースには今回の買収の狙いの一つとして、「海外ブランドを取り扱う他の日本代理店が契約を解除され業績が悪化するという事例もあり、防衛策としての必要性がありました」と記されています。もし自分たちではなく他社がYogibo LLCを買う展開になれば、ウェブシャークはYogibo事業を失いかねないとの危機感も持ちつつ、交渉に当たったようです。

以上の経緯から見えてくるのは、Yogibo LLC側は当初の意図通りにM&Aによる投資回収に成功し、ウェブシャーク側も日本市場ですでに成功を収めているブランドのグローバル展開を自らリードできるポジションを獲得したというストーリー。代理店が本体を買うというレアケースではありますが、ユニークな商品の開発に成功した米国の創業者と、それを販売するノウハウに長けた日本の起業家が出会った結果、起こるべくして起こった逆転劇と言えそうです。

なお、ウェブシャークは買収資金の80%以上をメインバンクからの融資で調達したとのこと。日本市場での実績をベースに、銀行からも今後の成長見通しについて信頼を得ていることがうかがえます。

ウェブシャークの今後の勝ち筋とは

米国側が売却を決断したYogiboビジネスにおいて、ウェブシャークは今後どのように舵を取っていくのでしょうか。注目が集まるところですが、ウェブシャークとしてはインドやマレーシアなど「Yogibo」未進出の国々に進出し、その人口増加と経済発展の勢いを取り込んで勝負していく考えのようです。

また、ウェブシャークは日本市場において、米国よりも価格帯の高い独自商品を企画、投入してきました。「快適すぎて動けなくなる魔法のソファ」をキャッチフレーズにしたブランディング戦略のもとで、こうした高価格帯の商品が消費者に受け入れられ、現在の売上につながっています。

一方、海外では店舗デザインなどにもバラつきがあり、グローバルレベルで「Yogibo」ブランドの統一が徹底されていないことから、これが日本市場で築き上げたイメージの毀損にもつながりかねないとの危惧を持っていたようです。今回の買収を機に、ブランディングをグローバルレベルで再構築するとともに、米国の方針でベトナムと中国の工場に委託してきた生産体制についても見直し、製品品質の向上を図っていく模様。新たな市場の開拓と並行して、既存市場でのブランド価値を守ることにも注力するものと見られます。

さらに、ウェブシャークのプレスリリースでは今後について、「世界規模でのオペレーション業務のDX化、日本で採用されているビッグデータやAIを活用した需要予測等の各国への導入や基幹システムへのデータの統合」を進めるとの方針が示されています。もともと複数のWebサービスを展開していたウェブシャークは、こうしたデータ活用の取り組みにおいて、おそらく米国本体よりも進んだシステムやオペレーションを確立しているのでしょう。これを海外にも横展開できる目算を持っていたことが、今回の逆転劇の背景にあったとも読み取れます。

“逆転”M&Aの過去事例

代理店や子会社が本体を買う逆転型の買収は、レアではあるものの、これまでにも例がないわけではありません。2003年には婦人服ブランド「Theory」を展開するリンク・セオリー・ジャパンが米国本体を買収していますし、2005年にはセブンイレブン・ジャパンによる米国本体の買収もありました。最近では、ヤフーも2021年7月、日本における「Yahoo!」「Yahoo! JAPAN」の商標権を米国の投資ファンド、アポロ・グローバル・マネジメントから取得しています。

Yogiboのケースでは、売り手側は他の買い手に託す選択肢もおそらく検討したでしょう。その中でウェブシャークを選んだ理由としては、やはり日本市場ですでに実績を証明していたことが大きいと思われます。もちろん、経営陣同士の関係値を一から築くことや買い手のビジネス理解をサポートすることも、相手がウェブシャークであれば必要ありません。さらに、ウェブシャーク自身もプレスリリースで「防衛策」と表現しているように、本体と代理店は、特にウェブシャークのようにほぼYogibo一本の事業を行っている場合は、同じ船に乗っているわけですから、その意味でも交渉を進めやすかったでしょう。

最近の小売業界では、D2Cビジネスなどに注目が集まっています。しかし、代理店と組んで市場を広げていく従来型のビジネスにも、Yogiboのように有能なパートナーとの出会いがあれば、その能力と関係値によって、結果的に創業者にリターンがもたらされる可能性があることが分かります。逆に代理店になる側にとっても、自社市場での実力を証明することで、海外市場をも本体の買収を通じて獲得できるかもしれないというのは夢のある話ですね。ウェブシャーク(Yogiboへの社名変更も検討しているようです)の今後の展開に、引き続き注目していきたいと思います。

ココがポイント!(ウェブシャーク×Yogibo)

①Yogibo LLC側は当初の意図通りにM&A Exitによる投資回収に成功し、ウェブシャーク側も日本市場ですでに成功を収めているブランドのグローバル展開を自らリードできるポジションを獲得。お互いのGoalを叶えられたWin-WinなM&A。

②代理店として一定の売上を出していると、銀行から借り入れてメーカー側を買収する際の軍資金にすることができる。

③逆転型の買収はレアだが、リンク・セオリー・ジャパンの米国本体買収、セブンイレブン・ジャパンの米国本体買収などの過去事例あり。

④メーカーを起業して代理店販売で事業を伸ばせば、代理店にExitするという手段も取れる。

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