
シリアルアントレプレナーを目指す方へ。MEDIXの事例から連続型Exitを徹底考察
M&Aクラウドの及川です。M&AをUPDATEしていきます。
昨年7月、ZIZAIの子会社でライブ配信プラットフォームを運営するIRIAMがDeNAに150億円の評価で買収されたことは、以下の記事でも紹介しました。
経営手腕には以前から定評のあるZIZAIの塚本CEO、「M&Aでも達人だな…」とうならされたと思ったら、今年3月、またも衝撃のニュースが入ってきました。今回はZIZAI本体をDMM.comに売却。しかも、自身は新設会社に移って新規事業に注力していくという大きな決断です。
DeNAとDMMというインターネットの巨人2社へのM&Aを実現したうえで、ロックアップなしで休むことなく起業して売却し、次のキャリアをスタートさせる鮮やかなプロセスは、これからシリアルアントレプレナーを目指す人たちにとってもベンチマークとなっていくでしょう。この一連のプロセスがどのように実現し、何が決め手となったのか――時系列でたどりつつ、その選択の妙を浮き彫りにしていきたいと思います。
DeNA×IRIAM
買い手:株式会社ディー・エヌ・エー
売り手:株式会社ZIZAI
対象会社:株式会社IRIAM
発表日:2021/7/2
スキーム:株式追加取得による完全子会社化
バリュエーション:150億円
グローバルなサービス成長を狙うクレバーな選択
株式会社IRIAMが運営する「IRIAM」は、誰でも好きな2次元キャラクターになり切って、ライブ配信ができるプラットフォームです。キャラクターを介することで、人はリアルな外見から解き放たれ、「本当の意味で自由に自己表現ができる世界」が作り出せると、塚本さんは自身のnoteに思いを綴っています。
競合するサービスとしては、GREEの運営する「REALITY」があります。同じくキャラクターを使ったライブ配信ができ、機能面でも共通点の多いサービスですが、「REALITY」の方が先行しており、市場も国内だけでなく、すでに60を超える国と地域へ展開済み。2021年7月時点で、アクティブユーザーの約75%が海外からの利用となっています。
ZIZAIとしては、「IRIAM」もグローバルに展開し、「REALITY」を追い抜きたい思いがあった一方、ZIZAI単独の力で対抗するのは難しいと冷静に見極めていたようです。この点、DeNAではバーチャル要素はないものの、リアルなライブ配信プラットフォームとして急成長中の「Pococha」を運営しており、「IRIAM」の成長を加速させるためのアセットがそろっていました。さらに、DeNAにはソーシャルゲーム事業でGREEと激しく競り合ってきた経緯もあり、対GREEの共同戦線を張る相手としてぴったりだったと言えます。
とはいえ、DeNAから子会社化のオファーを受けた時点で、IRIAMは成長軌道に乗っており、「単体で上場を目指すということの蓋然性も上がっていました」と塚本さんのnoteには書かれています。経営者としては当然、自分の手で上場させたい思いがあったでしょう。
塚本さんがすごいのは、ここで「『IRIAM』をグローバルNo.1のサービスにする」という視点に立ち、自分自身の執着心を断ち切る決断ができたことです。もしこの機会を逃していたら、「REALITY」との差が開いていき、逆転のチャンスはなくなっていた可能性もあります。また、DeNAは2021年2月に10年ぶりに社長が交代し、ポートフォリオの見直しが進んでいたこともあり、その意味でも貴重なタイミングでした。
DeNA入り後の「IRIAM」の成長は順調で、「Pococha」と並んでDeNAのライブストリーミング事業を支える柱となっています。また、上場企業ならではのコンプライアンス体制の下、児童ポルノ法対策のコンテンツ規制を強化するなど、守りの面でもパワーアップしているようです。

DeNAから150億円の企業評価を引き出した組織力
DeNAがIRIAMを取得した際のバリュエーションは150億円。プラットフォームのユーザー数などKPIは順調に伸びていたとはいえ、直近2020年8月期の決算でも赤字だったIRIAMに、これほどの評価が付いたことは話題を呼びました。
DeNAは過去、多数のM&Aを実施してきた中、キュレーションメディアの「MERY」や「iemo」、米国のソーシャルゲーム「ngmoko」などで多くの減損も経験している会社です。減損発表後からしばらくはM&Aに対して慎重な姿勢となっていましたが、そのDeNAがIRIAMに対して思い切った高評価をした背景には、約1年間の“デーティング”期間がありました。
DeNAは2020年8月にIRIAM株の20%を取得し、取締役も派遣。おそらくはマジョリティ取得も視野に、密なコミュニケーションを取ってきた中で、現在のKPIの伸びが将来の業績につながっていくという確信を得られたのでしょう。「Pococha」で築いた顧客基盤やノウハウを活かせるか、両社間の連携はスムーズかといった点も、この期間にテストができたはずです。
もう一つ、本M&Aの特筆すべき点としては、IRIAMの譲渡と同時に、塚本さんは代表から退いたことが挙げられます。もともとZIZAIの新規事業として自らサービスを立ち上げ、育ててきた塚本さんを抜きにしても、IRIAMは買うに値する会社だと評価されたのです。
シリアルアントレプレナーの中には、0→1フェーズに特化した人も少なくない中、塚本さんのように1→10まで、つまり自走できる組織の育成まで手がけられることは大きな強みです。それがバリュエーションに反映され、ひいては塚本さん個人の信用にもつながるという好循環を生んでいくからです。ビズリーチを運営するビジョナルが2015年に子会社のLUXAをKDDIに売却した際、トップの南さんが付いていかなかったことが注目されましたが、本件もそれに匹敵する事例となりました。
ココがポイント!(DeNA×IRIAM)
①自ら成長させられる余地が十分にある事業ながら、競争環境を冷静に見たうえで、「競合に勝つために他社に託す」ことを決断。売り手の視座の高さが光る事例。
②買い手は、完全子会社化する前にマイノリティ出資を行い、M&A成功の可能性を判断(=デーティング投資)。売り手組織の自走力の高さもあり、ハイバリュエーションにつながった。
DMM.com×ZIZAI
買い手:合同会社DMM.com
売り手:株式会社ZIZAI
発表日:2022/3/8
スキーム:株式取得による完全子会社化
バリュエーション:非公開
DMMは「スロパチステーション」を託すベストパートナー
塚本さんが友人の渡辺さん(COO)と共に、DUO(現ZIZAI)を学生起業した際、半年ほどの失敗続きの期間を経て、成功へと歩み始めたターニングポイントは、パチスロ情報の人気YouTubeチャンネルを当時のオーナーから譲ってもらったことでした。それが現在の「スロパチステーション」です。
譲受後は、若年層に受けるコンテンツを増やすなどしてチャンネル登録者数をさらに伸ばすとともに、新たにアプリやポータルサイトも立ち上げ、パチスロ情報の配信を始めました。
塚本さんたちはIRIAMのケースに続き、ZIZAI本体についても、望み得る最高のパートナーとの成約を実現させました。次々と新規事業を生み出しているDMMならポートフォリオ経営のノウハウが豊富なうえ、同じくパチスロ店への送客メディアである「DMMぱちタウン」を運営しているだけに、高いシナジーも期待できます。
なお、DeNAと同様にDMMも、M&Aでは大きな失敗を経験しています。即時買い取りアプリ「CASH」を運営するバンクを2017年に70億円で買った後、1年足らずのうちに5億円で手放し、スタートアップM&Aがはらむリスクの大きさを世間に知らしめる結果となりました。ZIZAIのM&Aにあたっても、リスクの洗い出しは慎重に行われたと考えられますが、「スロパチステーション」の実績やシナジー期待に加え、DeNAから高い評価を受けたIRIAMを生んだ会社であるということも、安心材料になったのではないでしょうか。
築いた与信も社名も手放し、動画メディアの可能性に賭ける
ZIZAIがDMMグループに加わるのに伴い、創業メンバーである塚本さん、渡辺さんは、CEO、COOをそれぞれ退任。新設した株式会社MEDIXに移ることが発表されました。
ZIZAIが展開していた事業のうち、「スロパチステーション」のアプリとポータルサイトはZIZAIに残し、動画はMEDIXへ移行。「スロパチステーション」とは別に走らせていた、新規の動画関連事業もMEDIXへと移されています。
MEDIXの目指す方向性について、プレスリリースでは「2030年には人々が情報を取得するメディアの中心は『Google上の文字メディア』 から『YouTube上の動画メディア』に変わっているでしょう。この大きなパラダイムシフトを適切にとらえメディア産業をアップデートしていきます」と述べられています。YouTubeコンテンツの制作・配信を通じ、動画情報の持つ革新性を肌で感じてきた塚本さんたちは、今後はスロパチの枠を超え、より広いスコープで動画の可能性を追求していくのでしょう。
ただ、そうした目的であれば、塚本さんや渡辺さんはZIZAIに残り、「スロパチステーション」のアプリとポータルサイトをDMMに事業譲渡する選択肢もあったはずです。なぜわざわざMEDIXを新設したのか、これはあくまで推測ですが、DMMというハコではなく、ZIZAIのハコに愛着のあるメンバーがいたり、「なんかスゲーの、次々と。」をミッションに掲げるZIZAIのもとで新しい事業を産んでいく狙いもあったのではないでしょうか?
また、事業譲渡の場合は法人税約30%と消費税10%がかかるのに対し、個人株主としてのZIZAIの株式譲渡であれば、所得税と住民税、合計約20%で済むこともありますし、DMM側にとっても、会社ごと買うことで既存の権利関係を引き継げるメリットがあるため、このスキームとなったのでしょう。
新会社MEDIXとしてスタートするということは、ZIZAIとして積み上げた与信も手放すということです。また、2019年に一新した社名、バリュー、ミッションもZIZAIに残して去る形となります。育てた会社をまるごと譲り渡し、自分たちはまたゼロから会社を創っていく――社会にインパクトをもたらし続けるシリアルアントレプレナーのあり方として、一つの理想と言えるのではないでしょうか。
DeNAとDMMというインターネットの巨人2社に会社売却した実績をつくったことは、今後の塚本さんにとって大きな財産になるはずです。資金調達するにしても、取引先を開拓するにしても、アライアンスを組むにしても、過去の実績は大きな信用につながります。
MEDIXが具体的にどんな事業を展開していくのか、まだ詳しいことは明かされていませんが、塚本さんの中ではすでに作りたい未来が見えているのでしょう。彼には周りにそう信じさせるカリスマがあります。今の自分に必要な情報を本能的に感じ取り、それを貪欲に人から学び取る異才の持ち主でもある塚本さん。次はどんな事業で驚かせてくれるのか、大いに期待しています。
ココがポイント!(DMM.com×ZIZAI)
①事業の特性上Exitの選択肢が限られる中、売り手はベストな買い手を選択。IRIAMの売却実績も、売り手のバリューアップに寄与したものと推測。
②売り手は学生起業以来育ててきた会社から完全に離れ、会社新設のキャリアを選択。M&Aの売却益と売却実績を得て、シリアルアントレプレナーとして次のステージへ。
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