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「起業時からM&Aを視野に」Pocochaの生みの親が語るtoCビジネス起業家がM&Aを選ぶまでの軌跡

M&Aクラウドがお届けする連載記事「UPDATE ENTREPRENEUR」。今回登場するのは、ライブコミュニケーションアプリ『Pococha』のプロダクトオーナー・水田大輔氏です。 

水田氏は、大学在学中の2011年にREVENTIVE,Inc.を創業し、クローズドSNS事業を展開。2016年、コミュニケーションアプリ『Dear』事業をDeNAへ譲渡したのを機に、水田氏も同社へ移籍しました。

その後、同社内の新規事業として立ち上げたライブコミュニケーションアプリ『Pococha』が、ライブ配信サービスで国内トップの月間利用者数(※)を誇るまでに急成長。現在では、DeNAにおいて、ゲーム事業に次ぐ第二の柱として期待されています。

M&Aをきっかけに誕生し、大躍進を遂げた『Pococha』。しかしそもそも、水田氏が事業譲渡に至った経緯とは何だったのでしょうか。交渉の過程で、抱いていた思いとは。リアルな事情を聞きました。

(M&A以降を語るインタビューはこちら

※ iPhone・Android国内主要ライブ配信サービス6社 2023年2月1日~2023年10月31日期間の月間集計(Sensor Tower調べ)


水田大輔氏
DeNA ライブストリーミング事業本部Pococha事業部 事業部長 水田大輔氏

「部品も買えない」ものづくりベンチャーの現実に直面

ーー水田さんは、大学在学中に起業されていますが、その前は大学発EVベンチャーに関わっていたそうですね。

そうなんです。当時はちょうど、人やモノをインターネットでつなげる「ICT」や「IoT」がトレンドで、「スマートシティ構想」などが注目されつつありました。私もその流れに関わりたいと思ったんですよね。

ーーなぜ、そのEVベンチャーを離れることになったんですか。

成長に時間がかかりすぎると感じたからです。いざ入ってみると、「もの」がなかなか完成しなくて。

完成品を作れないという以前に、モーターやバッテリーなど部品の調達の時点で苦戦しました。どのメーカーも、実績のないベンチャーには、先進的な商品を卸してくれませんから。

そうして何とか莫大な資金を投じて部品を集め、ようやく試作車ができました。そこで性能チェックするわけですが、開発していたのはEVのスポーツカーでしたから、「時速100kmに到達するまでに何秒かかるか」という加速度計測が特に重要でした。

そこで、空港の滑走路で走行テストを行うことになったんですが、よりによって私が運転を担当する羽目になって。有名スポーツカーなら、時速100kmに到達するまでにかかるのはわずか数秒。私は恐怖に慄きながらも運転席に乗り込み、思いっきりアクセルを踏みました。

……ところが、時速50kmしか出なかった(笑)。

ーー期待値との落差がすごいですね(笑)。

それから何とか試行錯誤したのですが、それでもやっと時速55km。一生、時速100kmに到達しないという現実に、拍子抜けしてしまって(笑)。

そのとき、学生ながら「ものづくりには、莫大な資金と時間がかかる」ということを実感しました。もし本気で取り組むのであれば、長期的なスパンを覚悟しなければなりませんが、私としては、もっと早く世に出せるサービスを作りたかった。

ーーそこで、IT領域で起業することを決意したと。

ちょうどそのころ、iPhone 3GSが発売され、スマートフォンアプリの登場に感銘を受けたんです。スピーディーにリリースできる上、社会に与える影響も大きい。「これだ」と思いました。

また、Facebook誕生の裏側を描いた『ソーシャル・ネットワーク』という映画を観て、SNSに対する関心も高まっていました。そこで、当時同じベンチャーで働いていた友人と一緒に起業し、SNSアプリの開発に取り組むことにしました。

エンジニアの素養ゼロでITスタートアップを創業

ーー大学在学中で、しかも初めての起業だったと思いますが、立ち上げ時に苦労したことはありますか。

いや、特にありませんでした。極端に言うと、アプリはPCさえあればできてしまうので。

まずはクレジットカード2枚でMacBookを5台購入し、大学キャンパス内の理工学部周辺をうろつきながら、エンジニアになれそうな学生をスカウトしました。「MacBookを渡すから、代わりにアプリ開発を手伝って」と言って(笑)。

ーー水田さんご自身は、アプリ開発の経験をお持ちだったんですか。

いや、私にはエンジニアの素養はまったくなかったので、もっぱらサービスを企画する側でしたね。

当時は、CEO自らがエンジニアとして開発に携わり、最少人数のチームでサービスを展開しているITスタートアップが評価される傾向が実際にありました。実際、世界的に有名なIT企業の創業者は、エンジニアのキャリアを持っている人がほとんど。中でも、Facebookのマーク・ザッカーバーグがエンジニア出身であることは、SNS領域で起業しようとしている身として、意識せざるを得ませんでした。

でも、自分にエンジニアの素養がないのはどうしようもない。作りたいから作る方法を考えたというわけです(笑)。

ーーそこでできたのが『Close』というクローズドSNSでした。なぜ“つながらないSNS”に着目されたのでしょう。

ビジネス的な観点で言えば、シリコンバレーのトレンド領域だったからです。

2010年代の前半はSNSがますます浸透し、自分自身をさらけ出して見知らぬ人とやり取りをするのが当たり前になりつつありました。一方で、「ソーシャル疲れ」という単語も生まれるなど、不特定多数への情報発信に息苦しさを覚える人たちも出始めていて。

そのような状況下で、シリコンバレーでは、登録対象を150人までに絞ったクローズドSNS『Path』が誕生していたんです。しかも、ローンチからわずか数か月で、Googleからも買収提案を受けるなど、大きな話題を呼んでいました。私もその時流に乗りたいと思い、9人までしか登録できない超クローズドなSNSを作りました。

マネタイズできず事業も自分も「前に進んでいる実感がない」

ーーその後、コミュニケーションアプリ『Dear』をリリースしていますね。こちらはコミュニティ別の仲間とのコミュニケーションに特化したSNSですが、成果はどうでしたか。

思ったようにスケールしませんでした。当初は「マーケットがなかった」のが原因だと考えていましたが、今振り返ると「マーケットはあったものの、大手SNSがそれを飲み込んでしまった」というのが正しいと思います。

そもそも、SNSをはじめとするコミュニケーションサービスは、3年周期で流行が移っていくと言われていました。学校や職場などの環境や、結婚・出産などのライフステージは、大体3年単位で変化し、そのタイミングで付き合うコミュニティや、利用するコミュニケーションサービスも変わっていく。だからこそ、FacebookやTwitter(X)とは異なるつながりを提供する「カウンターカルチャー(※)」が、次の流行になると考えていました。

※ハイカルチャー、メインカルチャーの対義語。社会のメインストリームを形成する支配的な文化や体制を否定し、それに敵対する文化。主に若者、女性、少数民族などのマイノリティが文化を形成することが特徴。

ところが、大手SNS自体が、そのカウンターカルチャーを包含するというイノベーションを起こしました。たとえば、自分が興味を持っている人の近況だけがニュースフィードに流れるのも、そうした変化の一つです。アルゴリズムによって、自分のつながりを常に最新に保ちつつ、不要なものを排除して最適化しているわけです。そうすると、わざわざ別のサービスに移行しなくても、同じサービスの中で、自在につながりをコントロールできます。

その上、Twitter(X)やInstagramは、個人が複数のアカウントを持つことを当たり前にしました。相手によって自分のペルソナを変えるという分人主義的な視点を組み込み、サービスの構造自体を転換したんです。今考えてみると、私が狙っていたマーケットニーズは、これらのサブアカウントや鍵アカウントで充足してしまったのだと思います。

水田大輔氏

ーー大手SNSのイノベーションにより、「3年の法則」が崩れ、うまくマーケットニーズにリーチできなかったと。

加えて、資金繰りも苦しかったです。toCサービスを展開しているスタートアップは、そもそもファイナンスのハードルが高いんです。基本的に広告のビジネスモデルなので、広告的価値を担保できる母集団を集めるまでは、マネタイズできない構造になっています。ROIが絶対に合わない。そんなビジネスモデルやサービスに投資するのは、シリコンバレーくらいでしょう。実際、日本で新規上場や大型の資金調達を実現しているのは、ほとんとtoBサービスの企業です。

だからこそ、私にとって1年半周期のファイナンスは地獄でした。ユーザーは確かに増えているけれども、マネタイズはできていないので、事業にどれだけインパクトがあるのか測りようがない。離陸できるかもわからないのに、滑走路を走っている飛行機のような状態なんです。

特に『Dear』のリリース前後は、スタートアップ特有の「イケイケドンドン」感は全くなく、むしろ「サバイブしなければ」という意識が強くなりました。息継ぎ目的のブリッジファイナンスを繰り返すうちに、毎年同じことをやっているような感覚に陥り、会社としても事業家としても前に進んでいる実感が得られませんでした。辛かったですね、本当に。

追加出資を断られ、M&Aで新たなスタートを切る

ーー事業譲渡を検討されるようになったのも、やはりファイナンスの厳しさが影響しているのでしょうか。

まさにその通りで、メインの株主だったMIXIとDeNAに追加出資を断られたことがきっかけですね。私のメンターであり、MIXIの元副社長でDeNAに移籍した原田明典さん(現:DeNA 常務執行役員 CSO 兼 イノベーション戦略統括部 統括部長)に、「出資してくれなければ、会社がつぶれる」と頼み込みましたが、「とりあえず、他の企業を当たってみて」と。仕方なく、新たな出資先を探し始めました。

ただ、最後まで足掻いたものの、有力な候補が見つからなくて。まず、SNS事業を手がけているのにもかかわらず、toC企業の代表格であるミクシィとDeNAに出資を断られている時点で、VCは成長性を疑います。また、競合の大手事業会社も、うちに出資して色が付くのを懸念して手を出せません。

そこで原田さんに結果を報告したところ、代替案としてDeNAへの事業譲渡をオファーされました。私としては、ずっとM&Aは念頭にあったので、その提案を受けることにしたんです。


水田大輔氏の歩み

ーー起業時から、将来M&Aをすることも想定していたということですか。

はい。じつは心の中ではずっとM&Aは有力な選択肢になりえると考えていました。

SNSサービスはマネタイズまでの時間軸が長く、かつそうしたビジネスモデル・サービスの性質の上で、シリコンバレーをはじめとする海外ではその長い期間に耐えうる巨額の資金調達を実施する例が多くありました。一方で、当時の日本の平均的な資金調達額は相対的に低いものでした。そうであれば、大企業の傘の中で、そうした時間軸で戦える体制を構築するというのは有力な戦略だとも考えていました。

もちろん、資金調達の際には「IPOとM&Aの両睨みです」と言っていましたが、業界内の買収案件は逐一チェックし、常に会社のバリュエーションに「お買い得」感が出るように、資金調達額を調整していました。

あと、もともと優先株を発行していなかったことが、事業譲渡の際にはプラスに働きました。もし優先株を発行していたら、契約に則り、譲渡対価を(投資家に)ほとんど還元せざるを得なかったでしょうし、そうあるべきです。

しかも、原田さんがほかの既存株主を説得し、その譲渡対価を私やメンバーに還元できるように、率先して整理してくださっていたんです。そのとき原田さんからは、「自覚している以上に、君たちの牙は傷んでいる。少し休んで研ぎ直せ」と言われました。その言葉には、起業家に対するリスペクトが含まれている気がして、嬉しかったですね。一緒に苦しい思いをしてきたメンバーにとっても、最低限ハッピーな形で、区切りをつけられたのではないかと思います。

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文・山田奈緒美
写真・強田美央
編集・相馬留美


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