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事業承継M&Aと決定的に違う「関係当事者の数」にどう対処する?

M&Aクラウドのアドバイザーが、「スタートアップM&A」の素朴な疑問を、事例を交えたQ&A方式でお答えする連載「現役M&Aアドバイザーが教えるスタートアップM&A」。今回のテーマは「ステークホルダーコミュニケーション」です。

スタートアップは初期投資額を集める段階でVCやエンジェル投資家などから出資を受ける傾向にありますが、それぞれが出資した時期や意図から、Exitに対しての考えは関係当事者ごとに様々です。そんな環境下にありつつも、いざスタートアップの経営者がM&Aをしたいと考えたとき、ステークホルダーからはどんな声が挙がるものなのでしょうか。

今回は、M&A時におけるステークホルダーとのコミュニケーションについて考えてみましょう。

Q.エンジェル投資家やVCなど複数の投資先から資金調達しているスタートアップです。会社を売ろうとしたら、1つのVCに反対されてしまい、困っています。


回答者:M&Aクラウド M&Aアドバイザリー事業部長 福田一樹

起業家がM&Aを考えたいと思ったとき、一番気がかりな存在はVCやエンジェル投資家など自社への投資家たちでしょう。

中小企業のM&Aの場合、一般的に創業者などの経営者がほぼ全ての株式を持っているため、会社の売却交渉は経営者と買い手企業とのやり取りでほぼ完結します。しかし、スタートアップの場合、VCやエンジェルからの出資を受けているケースも多く、関係当事者との交渉が発生します。

実際のところ、株主全員が初めから賛成してくれるケースは多くありません。このステークホルダーコミュニケーションは、起業家にとってハッピーなM&Aになるかどうかを大きく左右します。

今回は、スタートアップがM&A時にどのようなステークホルダーコミュニケーションを取るべきかお話ししていきます。

M&Aを検討する起業家の悩みはさまざま

起業家がM&Aを行うときの背景はさまざまです。買い手企業から受け取ったキャッシュを各株主との投資契約に沿って還元を行う、ということを想像しがちですが、これはそんなに簡単にはいきません。

2つの事例をご紹介しましょう。

事例1:M&Aすると起業家にキャッシュが残らないケース

テック系スタートアップA社
起業家の持株比率:約60%
投資家(VC)の持株比率:約40%
投資家数:VC数4社+エンジェル投資家複数名


A社はテック系スタートアップで、急成長とはいかないものの年を追うごとに伸びている有望な企業でした。さらなる拡大を目指して、投資家の持分を事業会社へ譲渡する形でのM&Aの検討を始めましたが、数年前にVCから出資してもらった優先株が影響し、ステークホルダー全員が満足するディールにならないことに気づきました。先にVCに売買代金を支払う必要があったので、このスキームだと起業家の手元にキャッシュが残らないのです。

そこで、M&Aを実施するために対象会社と種類株主(普通株式とは異なる性質を持つ株式を所有する株主)の契約の変更を行い、優先分配権を放棄してもらう必要がありました。M&Aアドバイザーが間に入って、このタイミングでM&Aすることのメリット・デメリットを丁寧に説明した結果、この契約変更について起業家からの提案を受け入れてもらえることになりました。

事例2:VCが株式譲渡を拒んだケース

開発系スタートアップB社
起業家の持分比率:70%
投資家(VC)の持株比率:30%
投資家数:VC数1社+事業会社1社


スタートアップのB社は、A社と同様、投資家の持分を事業会社に売却したいと考えていました。VCには事業譲渡に応じてもらうためのコミュニケーションを行っていきましたが、そのうち1社が「うちは売りたくない。IPOまで株式を持っておきたい」と、譲渡を拒みました。

このスタートアップはM&Aのためにかなり多くの買い手候補と面談していたものの、あまり芳しい状況ではありませんでした。そこで現れた事業譲渡先は、他と比べればとても良い条件でした。とはいえ、起業家から投資家に対して「IPOをやめたい」とは言いづらいものです。

そのため、B社に代わり、M&AアドバイザーがVCとの窓口となり、「買い手があまりいない状況です。このままではB社も御社も損をしてしまうことになりますから、この条件で応じていただきたい」と説得することになりました。

納得のいく条件で売ってもらう交渉をする

事例では結果的にVCに「泣いてもらった」ケースを取り上げましたが、揉めてしまって解決に時間がかかってしまうことも中にはあります。

揉めやすいパターンには2種類あります。

◎パターン1:株主内で「売りたい派」と「売りたくない派」に別れてしまう

先ほどの事例2が典型例ですが、M&Aの際に買い手が100%の株式譲渡でグループ化したい場合や、外部株主(経営株主以外)のExitを希望する場合に、特定の外部株主1社が売りたくないということもあります。この場合は当該外部株主のExitが条件ですので、該当株主が反対すれば成約できなくなります。

この場合、2つの解決策があります。まずは、この1社をとにかく説得する方法です。実際にM&Aクラウドのアドバイザー自身が出向き、M&A活動の現状やExitしてもらうことによる対象会社へのポジティブな影響(逆にExitしてもらえない場合のネガティブな影響)を、直接該当株主に対して説明して説得することもあります。

もう一つは何らかのスキームを考えて、反対する1社が納得のいく条件で売ってもらう交渉をすることです。

そのスキームの一例をあげると、たとえばもっと高い株価でのExitを希望しているような場合は、M&A実行時には株主として残ってもらい、一定期間(1、2年程度)が経過したタイミングで譲渡してもらうような形も買い手企業次第では検討可能です。

パターン1の場合は、最終的にはアドバイザーが起業家と一緒に説明をすることで、譲渡について理解していただくケースが多いです。

◎パターン2:売却はOKだが価格が折り合わない

もう一つのパターンが、売却自体はどの株主も認めてくれるものの、価格面で難航してしまうというものです。これは、資金調達した時期が異なる株主がいる場合に見られます。

たとえば、買い手企業が1株〇円という金額を提示したとしましょう。シリーズAラウンドで出資したVC・C社にとっては、出資したときの株価を上回る金額だったため、問題なく価格はOKしてくれました。

しかし、シリーズBラウンドで出資したVC・D社の場合、出資時よりも下回る金額だったとき、元本の回収はできるものの物足りない数字になってしまいます。また、買い手の提示価格次第では、経営株主にお金がほぼ残らないケースも考えられます。

出資時の契約は基本的にM&A時にも効果を発揮するものですが、一方で、実際のスタートアップM&Aの現場では、関係者が納得感のあるM&Aを実現するために、出資時の投資契約や株主間契約の一部修正も含めるケースが一定頻度で見受けられます。その背景にはVCのファンド償還期限や各社の株式のバランスシート上での取り扱い(減損処理を行っているケースなど)、また、M&A時のステークホルダーのパワーバランスも含めた複雑かつ総合的な判断がされています。

資金調達時に考えておくべき「M&Aの選択肢」

私見ではありますが、M&Aをしようとするスタートアップの9割がこの株主問題にぶつかります。その原因は、資金調達時におけるIPO以外のExit手段に対する意識の薄さにあると考えています。

エクイティ・ファイナンスによる資金調達の場合、調達時のバリュエーションはIPOを前提としたシナリオにおける会社の価値を表します。いわば、「将来の期待値」に対する値段です。しかし、M&Aの場面でその会社につくバリュエーションは、その会社の「現時点での実力」に対する値段になります。

期待値と実力値は異なるので、期待値をつけている投資家側と折り合いがつかなくなるのは仕方のないことでもあります。

起業家がIPOを目指すのは当然です。しかし、シリーズBラウンドからシリーズCラウンドに行ける企業は多くありません。IPOとM&Aを同時に進める「デュアルトラック」というExitの考え方がありますが、M&Aはそれ以前にどのような資金調達を行っているかで難易度が変わってきてしまいます。

スタートアップM&Aに関わらせていただいている立場のアドバイザーとしての肌感覚ではありますが、外部株主からの資金調達総額以上の買収価格でのオファーを受けられるようなマーケット環境、自社事業状況であれば、起業家のスタンス次第でM&Aは成立させられる可能性が高いと考えています。

これはあくまで1つの視点ではありますが、起業家がExitの選択肢を最初からIPOだけに狭める必要は無いと考えているので、しっかりと資金調達の影響(Exitの選択肢が狭まること、M&A Exitの難易度が上がること)を念頭に置き、幸せなExitを目指してください。

監修者
M&Aクラウド M&Aアドバイザリー事業部長
福田一樹

大阪市立大学経済学部卒。2015年に新卒で住友商事株式会社に入社。船舶事業部に所属し、主に欧州顧客向けに日本建造船を販売するトレード仲介事業に従事。パートナー企業との共同出資会社のマネジメント等を経験した後、クロスボーダーM&A案件を担当。2020年07月よりM&Aクラウドに入社し、M&AアドバイザーとしてスタートアップのM&Aや資金調達を支援。2022年12月より現職。

【参考記事】

文・相馬留美


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