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大型M&Aの背景にある「動画配信の競争激化」日テレ×スタジオジブリのM&Aを解説

M&Aクラウド・M&Aアドバイザーの源道直です。今回は日本テレビホールディングス(以下、日テレHD)×スタジオジブリ(以下、ジブリ)のM&Aをピックアップし、その背景や今後の動向を読み解きます。

2023年9月、日テレHDの連結子会社である日本テレビ放送網(以下、日テレ)が日本を代表するアニメ制作会社であるジブリをM&Aしました。かつて、海外企業から3,000億円規模の買収オファーがあったとされるジブリのバリュエーションですが、直近の決算内容(純利益34.3億円、利益剰余金253.8億円、総資産311.7億円)から考えると数百億円程度だと推定されています。

ジブリは20年近く、宮崎駿監督の後継者問題が取りざたされてきました。本M&Aは、その一つの決着といえるものでしょう。今回は、ジブリ側の事情や日テレHD側の思惑に加え、IPビジネスの今後のM&A動向について考えたいと思います。


■案件概要
買い手:日本テレビ放送網株式会社
売り手:株式会社スタジオジブリ
発表日:2023年9月21日
バリュエーション:非公開

スタジオジブリの「後継者」問題

ジブリはヒットを飛ばし続ける稀有なアニメ制作会社として、日本アニメ映画界の代表といってよい存在です。最大のヒットとなった『千と千尋の神隠し』の興行収入は316億円となり、現時点でも日本映画界歴代2位の成績を誇っています。

同社は1985年、福間書店の子会社として誕生したアニメ制作会社でした。1989年に公開した『魔女の宅急便』の大ヒットを皮切りに、宮崎駿監督、鈴木敏夫プロデューサーの才能に支えられて成長を続けました。一時は宮崎駿監督の長男・宮崎吾朗氏が後継者候補として名前が挙がりましたが、その後駿氏の強い反対で断念。後継者問題を抱えたまま、宮崎氏は82歳、鈴木氏は75歳となりました。近作『君たちはどう生きるか』の制作期間が7年であったことを考えると、クリエイターとしての限界に近づいてきていたのでしょう。

宮崎氏は前作『風立ちぬ』でも引退宣言をしていましたが、それを撤回して制作した『君たちはどう生きるか』が今年7月公開されました。また、愛知・長久手にオープンした「ジブリパーク」も、来年3月に全エリアオープンが決定しています。今回のM&Aの発表は、さまざまな区切りがついたタイミングだったと言えます。

そんなジブリがM&Aをする最大の目的はIP(知的財産)の活用でしょう。今後新しい映画の収益を期待することが難しいなかで、過去作品を用いて稼ぎ続けられるIPビジネスは、ストック収益として非常に強力です。

今回M&Aに踏み切ったのは、これが本当に"最後の作品”となる可能性が高いからかもしれません。映画の場合、興行成績のボラティリティが大きく、バリュエーションへの影響が大きいと考えられます。これが最後であった場合、その点を考慮せずにバリュエーションをつけることができます。会社価値最大化の観点からもベストタイミングでしょう。

ジブリがIPビジネスを考えて事業売却するにあたり、重要なのは生命線となるIPを預けられる買い手かどうか、つまり信頼関係が非常に重要になるはずです。今回買い手となった日テレは、映画番組「金曜ロードショー」でこれまで200回以上ジブリ作品を放映しており、最近では「金曜ロードショーとジブリ展」まで開催しています。

会見で鈴木氏は、「ジブリと日本テレビは本当に、長いお付き合いです。ナウシカのテレビ放映から始まるんですが、お付き合いの長さたるや、40年近くなる。日本テレビさんにお願いするのは、もしかしたらご納得いただけるのではないか。これはファン含め、みなさんの、そういうお考えがあるだろうと、そう推測したわけです」とコメントしています。

このM&Aにおいて、従来の関係性の深さから、日テレHDにすべてを託したと言えそうです。

動画配信をめぐる熾烈な争いと日テレの思惑

日テレにとっても、このM&Aは渡りに船といったところだったのではないでしょうか。

その理由は、動画配信です。日テレHDは、動画配信サービス「Hulu」を運営するHJホールディングスを2014年にM&Aしています

国内の動画配信サービスの契約数シェアを見ると、「Amasonプライムビデオ」、「NETFLIX」、「Hulu」、「Disney+」の4強です。ただし、業界は競争激化の一途。サブスクリプションの解約増に対処するため、各社価格戦略に走っています。

年会費の引き上げだけでなく、米Amazonは、来年初頭から「Amazonプライムビデオ」内に広告を追加。広告なし視聴には追加料金が必要だと発表しています。日本国内では、今年3月にディズニーと日テレは戦略的協業を締結。「Disney+」と「Hulu」に同時で加入すると500円程度安くなるというセット販売を開始しています。

とはいえ、価格競争は体力勝負となるため、もう一つの差別化要因であるコンテンツ拡充が重要です。ジブリの子会社化の発表会見では、「Hulu」でジブリ作品を配信するかについて、ジブリの新社長に就任予定の日テレ取締役専務執行役員・福田博之氏は、「今のところ現状と何も変わっていない。何かあればこれから考えたい」と答えていますが、他社への配信を一切行っていないジブリのIPを、Huluで独占、あるいは他社へライセンス提供できれば強烈な競争力を持つことになります

日テレHDは、2009年に日活、2014年にタツノコプロと、IPを持つ企業のM&Aは以前から行っています。直近では、「中期経営計画2022-2024」で「コンテンツ中心主義」を掲げ、他社動画配信サービス含むあらゆるプラットフォームへの配信も念頭に、IPの多角的な収益化を図っています。

出所:日テレHD「中期経営計画2022‐2024」

そう考えると、テレビや動画配信などコンテンツの出口を多様に持つ日テレHDとIP会社のM&Aは非常に相性が良いと言えるでしょう。

海外を見ても、動画配信サービス企業による有名IPのM&Aは少なくありません。代表的な事例はディズニーでしょう。

ディズニーは2006年にアニメ制作会社・ピクサー、2009年にアメコミ出版社・マーベル・エンターテインメント、2012年に『スター・ウォーズ』シリーズを手掛けるルーカス・フィルム、2019年にはテレビ番組・映画制作を行う21世紀フォックスをM&A。IPを武器に、映画制作だけでなくグッズ販売、施設運営まで幅広くマネタイズできましたが、「Disney+」においては当該コンテンツの独占配信が大きな差別化要因となっています

Amazonが2021年に「007」シリーズを制作するメトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)を84.5億ドルでM&Aしたことも、狙いは同じでしょう。世界的なIP獲得競争は今、1兆円単位の資金を動かしているのです。

コンテンツビジネスのM&Aはまだまだ続く

ただ、日テレHDの場合、このM&Aを行った要因として別の経営課題も見え隠れします。

2023年10月3日現在、日テレHDの時価総額は3,945億円、PBRは0.44倍と低迷しています。これでもジブリのM&Aが発表されたあとの数字で、年初来安値をつけた1月には時価総額は3,000億円を切っていました。主力ビジネスだった地上テレビ広告事業の売上が落ち込み、収入が年々減少しており、テレビ業界全体が総じて不人気銘柄となっています。

ここで、先述した「コンテンツ中心主義」により、コンテンツそのものがキャッシュを生み出せるよう模索しているわけです。特に日テレHDは投資に積極的で、中期経営計画では1,000億円の戦略的投資枠を設けていました。今回、中期経営計画の戦略的投資方針に「IP保有企業のM&A」は含まれていませんでしたが、機会を生かして数百億円規模のM&Aを実施したことになります。ここから考えると、今後も良いコンテンツビジネスが出てきた際には、計画の有無にかかわらず積極的なM&Aを仕掛けていくと思います。

出所:日テレHD「中期経営計画2022‐2024」

ジブリのM&A発表の翌日は株価は20%超上昇し、一時はストップ高となりました。IPを持つ企業の売却案件はなかなか出てこないものですが、グループ化は市場から好感されやすく、買い手企業は尽きないでしょう。もし日テレの事例が成功例となれば、経営よりも制作に集中したいと考えるIP企業――たとえば映画やアニメの制作会社などライセンスを持つ企業――の大型M&Aが、今後登場する可能性は高いと言えそうです。

監修・源道直
文・相馬留美


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